2017-06

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女の「価値」とそれに連なる諸々(4)

 前回からちょっと間が開いてしまいました。
 単純に忙しかったというのもあるのですが、でもやはり「和田伊佐子」という女性を書くには、それなりの心構えが必要だったというか……。

 伊佐子は今は主婦です。
 ですが、昔は売春婦だった。

 彼女の章は、こんな文章で始まります。

 初めて、愛していない男と寝てお金をもらった時に、私は爽快感で笑い出しそうになるのを必死で堪えていた。
 こんな簡単なことだったなんて--恋人でもない男と寝ることも、わずかな時間で普通の仕事の日給以上のお金を得ることも。


 彼女がこれに至るまでの物語は、どうぞ本をお読みください。私が彼女から感じた突き抜けた「爽快感」の正体を追うことが、このエントリの目的なので。

 こういうことを書くと品性を疑われるだろうし、主婦層を敵に回すだろうから書かないほうが賢明というのはわかっているのだけど、でも書いちゃいます。

 とっくに愛なんぞなくなっている、もしくは最初からなかったのに、経済的理由および社会的体面のために結婚生活を続けるのって売春婦とどう違うのかしらって、ずーっと、それこそ十代の頃からずーっと思っていたのですよ、私は。
 売春婦って、問答無用で卑下して嘲笑して叩いてもいい存在になっていますよね。反差別とかフェミニズムの闘士を自任している人でも売春婦への侮蔑を隠さない人は山ほどいる。でも、愛をすべての前提にしたら、女のほとんどがどこかの時点で売春婦になりません? 妻を専属の性処理係および家政婦と思っている男は少なくないでしょ? なのに、結婚という制度に乗っているだけで売春婦扱いされないのって、不公平じゃない?

 てなことをですね、青臭いながらも、どうしても拭い切れない思いとして抱える私にとって、伊佐子の小気味の良さは一種の福音だったわけです。
『楽園』に登場する女たちの中で、一番冷静な分析力を持っているのが伊佐子という女です。そして、自分が何を欲するかを理解している。つまり、最も利口な女なのです。

 だから、彼女は花房さんが用意した罠にも引っかからない。唯一そこから身をかわす。
 かっこいいんですよ、伊佐子。
 最終章、彼女は物語世界において極めて重要な位置で再登場します。そして、彼女の言葉のおかげで、この作品の世界は一気に外に向けて迸った。その快感たるや。

 なんか、私ごときが言葉を尽くすより、伊佐子の生き様を実際に読んでほしい。心底そう思います。
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女の「価値」とそれに連なる諸々(3)

 このエントリは続きものですので、読まれる場合は下記からお目通しくだされば幸甚です。

「花房観音『楽園』」
http://mongamioko.blog36.fc2.com/blog-entry-339.html

「女の「価値」とそれに連なる諸々(1)」
http://mongamioko.blog36.fc2.com/blog-entry-340.html

「女の「価値」とそれに連なる諸々(2)」
http://mongamioko.blog36.fc2.com/blog-entry-341.html

 ネットスラングにスペックという言葉がありますね。仕様書という意味の英語が和製英語として「性能」を指すようになり、そこから意味が転化して個人のプロフィールというか社会的な記号というか、そういうものを指すようになった。
 匿名掲示板などで「私のスペックは20歳、顔はまあまあで~」みたいな使い方をするみたいです。

 そういう意味でのスペックが私と一番近いのが三人目の寺嶋蘭子(42)。
 同い年で独身、しかも安定しない仕事(蘭子は派遣社員、私は自由業)。まあ、彼女はなかなか美人な上におしゃれさんなのでそこは違うけど。
 でも一番違うのは、彼女はバツイチであるということ。一度は戸籍を汚しているわけです。まあ、羨ましい。
 ……などと蘭子に言おうものならきっと激怒されることでしょう。
 不幸な結果に終わったこの結婚が、彼女に癒えない傷を与えているからです。

 「蘭子はあることがきっかけで、女としての自身を喪失し、男の人とつきあうことが怖くなったまま、四十の坂を超えてしまった。」

 でも、外側から見れば、彼女はまだ「女としての価値」があると思われる程度の容姿を保っています。そりゃあピチピチの女の子というわけではないけれども、熟女系の風俗なら充分「商品」になる。そんな「スペック」の持ち主なのに、離婚後十数年間、一度も男性と関係を持つことがなかった。その理由は……ここでは書きますまい。
 ですが、その事実への不安や焦りを、変貌したみつ子が掻き立てます。
 この不安や焦りは、彼女が無神経な前夫から心の傷を負わされなければ生まれなかったはず。花房さんは、この作品で女の愚かさを書くと同時に、男のクズさを余すことなく書いています。
 身勝手で、思いやりのない男たち。読みながら、「ああ、いるいる。こういう男」と何度思ったことか。

 だけど、蘭子を見ていると思うのです。
 やっぱり、貴女は弱すぎるよ、と。
 一番スペックが近いのに共感できないのは、彼女の心の弱さに今ひとつ納得がいかなかったからでした。というよりも、夫に投げつけられた言葉にしがみついたのは、むしろ彼女だったのではないかと思うのです。
 蘭子は、離婚の原因を「性の不一致」と考えています。なるほど、それは間違ってはいないのでしょう。ですが、それだけだったのかというと……。夫側から離婚劇を語らせれば、また違う景色が見えてくるんじゃないかな。
 人間、人生で何か失敗した時に、ひとつの原因にすべてをおっ被せると楽ですよね。でも、大抵の場合、原因なんて複合的なものです。また、自分ではここが嫌われたと思っても、案外相手は他の部分で愛想を尽かしていたなんでこともあります。でも、いちいち自分のどこが悪かったかを突き詰めて考えていたら、もう自己嫌悪の塊になってしまう。だったら、一事を諸悪の根源にしてしまったほうが楽です。「傷ついた一言」を彼女は致命的な毒と思っているけれども、本当は彼女を支える支え棒になっているのかもしれない。だって、これが外れた時、彼女は……。

 蘭子は、ずっと王子様を待ち続けました。四十になっても、崖っぷちから救ってくれる誰かが来ると心のどこかで思っている。自分では登ろうともしないで。それはつまり依頼心であり、人としての弱さだと私は思うのです。彼女は確かに苦しんでいるのでしょう。でも、苦しんでいることを免罪符に人生サボっているような気がする。
 もちろん、誰もが強くあれるわけではありません。だけど、彼女にはポテンシャルがある、はず。それを生かさないのは、やっぱり甘えなんですよ。人に頼るほうが、そりゃ楽ですもの。
 蘭子の向こう側には、芥川龍之介の「六の宮の姫君」が見えるような、そんな気がしました。

 とはいえ、蘭子に王子様がやってこないかというと……まあ、そこは読んでみてください。
 ただ、ある意味、この作品に出てくる女達の中で、一番救いのないのが彼女かなあ。六の宮の姫君と同じような末路を辿りそうで……。
 そうなってしまうのは、彼女自身のせいだと思うんですけどね。

女の「価値」とそれに連なる諸々(2)

 このエントリは続きものですので、読まれる場合は下記からお目通しくだされば幸甚です。

「花房観音『楽園』」
http://mongamioko.blog36.fc2.com/blog-entry-339.html

「女の「価値」とそれに連なる諸々(1)」
http://mongamioko.blog36.fc2.com/blog-entry-340.html

 
 二人目。唐沢マキ(38)。
 私にとって、おそらく永遠の謎である女性が彼女です。
 彼女は、自分がセックス好きであることを自覚しています。そして、そうなったのは夫のせいだと考えています。
 その夫が単身赴任で遠くに行き、一ヶ月に一度程度しか体を重ねる機会がなくなって、彼女は性欲を持て余し、バイト先で知り合った若い男と寝るようになります。

 この男というのが、まあ感動的なまでに若くて性的に頑丈という以外取り柄のない男なのです。他の住人に「いつも口を開けてる男」、つまりパッパラパーと評されるような男。そして、内実もその通りなのです。

 それなのに、マキは離れられない。この男はパーなだけではありません。下手をすればマキの人生を破壊しかねない愚かさを持つ。それなのに、単に体がいいというだけで、マキは離れられない。

 これが、私にはよくわからないのです。
 念のため申し述べておきますが、「女が男の体に溺れるなんてありえないわ!」とか、そんなことを言っているわけではありません。女は心がないと楽しめないというのは半分本当で半分嘘だと思っております。つまり、体の相性だけに惑溺することもありうるでしょう。

 だけど、だ。
 男がリスクになりうると思った時、女は切ろうとするんじゃないだろうか。
 女が恋で人生をダメにすることはあると思います。でも、肉欲でダメにすることはないと思う。男と違って。こいつはマジで自分の人生の役に立たない。そう思ったら、すっと冷めるのが女じゃないんだろうか。そこは男よりはるかに現実的なはず。

 だけど、マキは違います。どうしても、男から離れられないのです。
 いくらでも代わりはいそうなしょーもない男です。なんならバイブ代わりなんじゃないの? と問いかけたくなるような男です。でも、マキは手放そうとしない。

 ここに、性というものの奥深さというか、底なし沼的な何かを思い知らされるのです。
 花房さんが本作で描いたのは愛ではなく性です。もしかしたら愛よりも逃れられないものです。生きる意欲が尽きても根源的な食欲や睡眠欲は残るように、人を愛する気持ちが失せても性欲は残るでしょう。
 そういったレベルで、マキは男を求めているのではないか。

 マキの選択は、私には全く理解できないものでした。だからこそ、彼女の人生をおもしろく感じるのです。
 
 ある意味、女としてもっとも正直なのがマキなのかもしれません。

 

女の「価値」とそれに連なる諸々(1)

 昨日は花房観音さんの新刊『楽園』に関する記事をアップしましたが、本の紹介に終始したので、本日は読みながら思ったことなどを、少し。

 花房さんは、今回の作品で、女としての現役終了を言い渡されそうになっている世代が、今更のように慌て始める姿を、いくつかのパターンで描き出しました。

 昨日のエントリにも書いたように、冴えない女が狂い咲きを始めたのを目の当たりにした女たちが、知らず知らずに封印していた「女としての人生」があることを思い出すことで、錆び付いていた歯車が回り始めるのですが、その過程で彼女らに去来する思考が非常におもしろい。

 たとえば、本来なら小金持ちサラリーマンの幸せな奥様としての人生が待っているはず温井朝乃は、夫が独立して始めた事業の失敗で平均ちょっと下のパート人生を送ることになってしまいます。
 それでも、給料はちゃんと入れる夫と二人の子供をそれなりに独立させた事実を盾に、世間並みの幸せは保っていると自分に言い聞かせ、なんとか精神の均衡を保っていました。
 ところが、夫を失うことで自分より不幸になったはずのみつ子が、みっともない姿とはいえ新しい人生を謳歌しているのを見て心が揺さぶられます。

 あれ、あの人、私より不幸なはずなのに、なんで楽しそうなの?

「世間並み」を幸福のメルクマールにしてきた人にとって、世間並みを満たす要素を欠いている人が幸せに見えるほど不安で不快なことはないでしょうね。
 しかも、朝乃は気づいてしまうのです。今の自分は誰にも女として見てもらえるような存在ではなくなっていることに。
 過去のこと……主に夫の自分に対する振る舞いを回想する朝乃への、花房さんの筆はそれはもう容赦無い。
 せっかく、自己啓発系のお軽いポジティブ・シンキングとプチ・スピリチュアルによって閉じ込めていたドロドロの思いを、あっさり引っ張りだしてしまうのですから。

 あらまあ、かわいそうに。
 そう思いながら、彼女の狼狽を鼻で笑ってしまう私がいました。
 欺瞞に満ちた人生を送っていたくせに、ここに至って被害者面とは厚かましい。そう思ったのですね。
 彼女は自分の家族は「いい家族」だと思っている。
 だが、内実はどうか。
 子供は別段親孝行でもなく、夫は外で浮気している。おそらく、朝乃が自分で思っているほどには、彼女は家族に必要とされていない。
 母としての役割はすでに終わった。小遣い用ATMとして以外、子供は朝乃を必要としていない。
 夫は家政婦兼稼ぎ手としては必要としているだろうが、女としては終わった存在だと見ている。ようするに便利な同居人です。
 
 よくある話ですよね。ほんと、ごまんとある話。だから、多くの女性は見ないことにしている。アイデンティティを脅かす事実に真っ向から向かい合うなんて物好きな哲学者がやってればいいことですから。
 でも、花房さんは、そこを突いていきます。

 そして、罠を仕掛けます。強烈なフェロモンを漂わせる若い雄という罠を。

 さて、「平凡だけれども幸せな(はずの)主婦」はどうでるか。

 それは読んでのお楽しみですが、朝乃は実におもしろい反応を示しました。結局、朝乃はバカにしていたみつ子より、もっとバカだったとしか私には思えません。

 ただ、朝乃に対する冷笑は、自分の中のある場所を刺激する結果にもなるのでほどほどにしておいたほうがよさそう。

 ……なにやら、思ったよりこのエントリは長くなりそうです。続きは、また明日。


楽園楽園
(2014/04/09)
花房 観音

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『金色機械』恒川光太郎


金色機械金色機械
(2013/10/09)
恒川 光太郎

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 昨年10月に出ていた恒川光太郎の新刊をようやく読むことができた。 
 物語作家として一皮剥けたのではないか。口幅ったいことをいうようだが、一読後、最初に去来した感想はそれである。

 話を要約すると、月からやってきたという言い伝えを持つ一族とその一族に関わる人々の、室町時代から江戸時代にかけての年代記を多視点で描いたSFファンタジー時代小説、といったところだろうか。
 のっけから、人の心を象徴的な映像で読み取る遊郭の主と、撫でるだけで生き物を安楽死させることができる女など、異能者たちが登場する。
 続いては神秘的な族長に守られた排他的な村や、族長一族に仕えるアンドロイドのような存在「金色様」が出てくる。オーソドックスなSF的人物がずらりと並ぶのだ。

 一方、舞台となるのはならず者どもが巣食う山城や棄民たちの隠れ里、流れ者が集う河原など、これまた時代物伝奇小説の定番ともいえる設定。
 ある意味、よく見る設定を使うだけ使って……どうしてここまで美しい、そう、まさに「美しい」としかいえない物語が生まれるのだろうか。

 恒川小説の醍醐味が、日常的な言葉のみで鮮やかな情景を描いてみせるあの独特の文体にあるのは言うまでもない。
 たとえば、冒頭部分に出てくるこんな一節。

「川沿い一体の大遊郭は<舞柳>と呼ばれている。風が吹くと、柳が踊る。」

 妓楼の華やかさと儚さ、そして底に潜む寂寞が「風が吹くと、柳が踊る。」という一文だけで伝わってくる。こうした文章の積み重ねが、いわく言いがたい雰囲気を持つ文体となり、それが読者の心を捉える。
 読者が受ける刺激は、良質な散文詩を読む時のそれに近い。
 この特性は、文体より物語性を重視する向きには「敷居の高さ」として認識されるきらいがあった。
 だが、今回の作品では一人の女性の半生を主軸に置き、金色様を狂言回しに、そして謎解き的な要素を加えることによって、わくわくするような筋運びになっている。同時に、従来の美質も損なわれていない。
 
 恒川小説はタペストリーのようだ。
 色糸の交錯が、離れて見るとめくるめく光景を作る。
 天来の技巧が生むアルカディアの風景。今回は、そこに動きが加わった。絵画鑑賞と映画鑑賞の層の厚さの差を考えてみれば、それが新たな読者を獲得する妙手であることは間違いないだろう。

 熱烈なファンの一人として、多くの読者に本作を読んで欲しいと思っている。

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プロフィール

門賀美央子

Author:門賀美央子
名前 : 門賀美央子
     (もんが・みおこ)
職業 : フリーライター
メールアドレス : info@monga.jp
※スパム対策として@を全角文字にしております。メールを下さる場合は、@を半角に直してください。

主な執筆分野は
・人物インタビュー
・文芸諸ジャンル
・仏教など宗教系
・神社仏閣/伝説探訪記事
・日本の伝統芸能/文学
・サブカルチャー系「歴史・民俗」「オカルト」などのジャンル
・各種書籍構成

 WEB幽連載記事「全国神社仏閣お化けつき 」 
  URL: http://www.mf-davinci.com/yoo/index.php

 ブログ「百観音巡礼」
  URL: http://ameblo.jp/nihonjyunrei/

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